小さな音を立ててビー玉がラムネの中に沈む。泡。すぐに口に含む。プラスチック製の、けれど昔のままの形をしたラムネ瓶。飲み終わったら中のビー玉を取り出すことができることを好み、あたしは学生の頃、よく飲んでいた。
昨日、高熱を出した。あたしは一人暮らしで、職場に休みの連絡を入れて解熱剤を飲み、窓を開けてベッドで眠った。夏の日差しが強かったが、エアコンは入れなかった。汗をかいたほうが気持ちがよさそうだと思ったから。ぐっすり眠って、汗びっしょりになって、目が覚めたのは夜中だった。何か違和感があると思ったが、寝ぼけているのだと思い、軽くシャワーを浴びてまたベッドに入った。
確信したのは朝だった。いつもの朝のように支度をして、道路に出て、気付いた。誰もいない。生き物が視界にいない。人がいないので車も走っていない。毎朝がやがやと騒がしい高校生もいない。毎朝のろのろと犬を散歩させているおばさんもいない。毎朝やいやいと井戸端会議をしているママ集団もいない。スズメもいない。セミも鳴いていない。何事かと部屋に戻りテレビをつけたが砂嵐で、普段使わないラジオをつけてもノイズしか拾わない。
誰もいない街は、とても、静かだった。
安売りを見つけて一週間ばかり冷蔵庫で冷やされたラムネは、シュワシュワと心地よい。それは確かに、現実のように思える。窓の外を見ながら口と喉で確かめるように飲んで、ボトルは空になる。ボトルを立てるとカコッと音がしてビー玉が転がる。あたしは緑色のキャップを回して中のビー玉を取り出す。てのひらにコロリ。ビー玉も緑色。右手でつまむ。指に曲がった影。
中心だった。縁だった。覗き込むとそれまでのあたしが閉じ込められていた。出ることができない。あたしの完璧な世界は、とても、乾いていた。