2011年11月25日

+味噌路+

 遠いところの味噌を合わせるとおいしいって前に料理番組で見たことがあって、それから遠出をするときはその土地で味噌を買うようにしている。よく知らない土地の味噌で作った味噌汁は、少し、非日常感。けれど出不精の私は、買ってきた味噌を合わせる前に使いきってしまう。
 遠くから遊びに来る友達があって、「お土産何がいい?」って訊かれたから「味噌」って答えたら笑われて、でもその友達はイイヤツなのでちゃんと味噌を買ってきてくれた。
 地元のとあわせた味噌で味噌汁を作った。具はシンプルにわかめとおあげ。味噌漉しで味噌を溶く。
 ほかほかご飯と、鮭の塩焼き。味噌汁を添えると私なりのご馳走だ。味噌汁をすする。ほわっと口の中に塩気と大豆の香りが広がって、けれどそれはなんだか懐かしくて、私には素晴らしい食事になった。

++追記。++
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2011年11月19日

+アロウ+

 射手からただ一点、貴方に向けて放たれる一筋の軌跡。
 返事を結わえた放物線は、貴方の闇をきっと切り裂いてくれるでしょう。
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2011年11月12日

+夕餉+

 スーパーに行くと生の思い出が並んでいたので買って帰った。つやつやとオレンジ色の切り身は、とても新鮮そうに見えた。
 ホイル焼きにしようと思った。簡単だけど、旬のもので作るとおいしい。たまねぎをスライスし、しめじを裂いた。思い出に塩コショウをし、バターを塗ったアルミホイルにたまねぎを下敷きにして乗せる。しめじはそのさらに上で、一番上にバターの塊を置く。ホイルを閉じ、オーブンへ入れる。
 スープはかき玉汁にしよう。片手鍋に水と白だしと余ったたまねぎスライスを入れて煮立たせる。溶いた卵を、円を描くように細く流し込み、火を止める。
 がちゃがちゃとドアの開く音がして、ちょうどあの人が帰ってきた。出来立てのホイル焼きとかき玉汁を配膳する。あとお茶碗と、今日は平日だから湯呑みと。
 ホイルを開けると、ほわっといい香りがした。箸で思い出の身をほぐす。口に運ぶ。火の通りはちょうどいい。
「おいしいね」
「ありがと」
 ――過去しか食べられないなんて人生の8割損してるって!
 昔、仲の良かった友人に言われた。けれど、二人で囲む食卓はとても幸せです。
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2011年11月05日

+闇箱+

 日が短くなったせいかずっと曇り空が続いているせいか、胸の奥がズンと重くてつらかったので、胸を切り裂いて不要なものを捨てようとしました。
 ナイフを突き刺したとき確かに痛みを感じましたが、それよりもこれで気楽になれるんだと思って深く深く切り裂きました。思っていたより血が溢れ、お風呂場でよかったと思いました。片手が潜るくらいの大きさの切り目が出来ると、自らの胸のつかえを取ろうと右手を切り目に沈めました。
 古い文庫本が出てきました。古いCDが出てきました。古い手紙が出てきました。古い写真が出てきました。希望が出てきました。悲しみが出てきました。嘘が出てきました。黒くどろっとした液体と共にいろんなものが出てきました。引っかかってるものをあらかた出してしまうと気分は軽くなりました。
 さあどうしましょう、傷口をふさぐ方法を考えておくのを忘れていました。もう痛みはないのですが、こんなところに空洞があったら何かと困るかもしれません。しかしやはり方法は思いつかず、私はヒューヒューと鳴る胸を抱えて考え込んでしまいました。
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2011年10月29日

+サンマさんま秋刀魚!+

 サンマがあるから、秋は嫌いになれない。
 そんなフレーズをふと思いつき、頭の中で反芻して、自分で笑ってしまう。
「どうした?」
「なんでも」
 今夜の晩御飯は、栗ごはんとサンマの塩焼き、澄まし汁の予定。いつも来るこのスーパーでは今日が鮮魚の安売りの日で、栗ごはんは炊飯器でお米と一緒に炊けばいいやつを母親が送ってくれたので、つまり私はサンマを買いにきた。
 すいっと視界の隅を銀色が駆け抜ける。そちらに目を遣ると、今度は反対側で銀色が駆け抜ける。照明に当たってキラリと光る。私はまっすぐに鮮魚コーナーへと向かう。
 刺身用のサンマ(ちょっとお高い)と焼き魚用の塩サンマ(お手ごろ!)が、売り場に並んでいる。サンマの刺身も確かに好きだけれど、今日のあたまとおなかはサンマの塩焼きという単語で埋め尽くされているので迷うことなく一尾99円の塩サンマをカゴに入れる。大根はまだ家に少しあるので、あと他に買う物は特に思いつかない。
「さんまかあ」
「だねえ」
「さんますき?」
「ぐもん」
 レジを通り、一人スーパーを後にする。夕焼け空を見上げると細い雲が群れていて、私たちは秋刀魚雲ですとでも言わんばかりだ。さっきの銀色たちがざわめきだす。私の視界にくっきりとは入ってこない。けれど、いる。そこに、いる。空中を行き来するサンマの集団。彼らを召喚したのは私の頭の中のサンマという単語に他ならない。
「おなかすいたぁ」
 私は小さく呟き、レジ袋を持ってハミングしてしまう。サンマたちはメロディに合わせてざわりざわりと踊り、私はますます楽しくなる。
 サンマがあるから、秋は好きだ。
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2011年10月15日

+その確率+

 ダイヤモンドを氷の中に隠し、氷をロックキャンディの中に隠し、ロックキャンディを水晶の中に隠し、水晶を宝石箱に入れる。
 母から譲り受けた小さな木製の宝石箱は、開けると『禁じられた遊び』を奏でるオルゴール。私はいつも、開ける前にぜんまいをギリギリと巻く。
 あなたに出会えてよかった。
 透明な何かを眺めていると、音楽は次第に速度を落とし、やがて、止まる。
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2011年10月08日

+伴奏+

 小さな講堂の小さなステージで小さな女の子が歌を歌う。その声は伸びやか。客席は暗くて見えない。
 ステージ脇に一台の黒いアップライトピアノ。きちんと調律がなされている。はず。
 ライトが照らすのは女の子だけ。
 聞こえるのは女の子の声だけ。
 それは素朴な童謡。
 女の子には聞こえている。メロディを彩るピアノのリズム、ハーモニー。女の子だけに聞こえている。
 ああ! 誰かこの素晴らしい音楽を皆に聞こえるようにしてください。
 稚拙でも構わないので、頼りなくても構わないので、彼女の声をそのピアノで飾り付けてください。
 ピアノは無言で佇み、女の子の歌が終わりを迎え、拍手の波が小さな講堂を満たしました。
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2011年09月24日

+弾丸+

 放たれた瞬間に速く速く速く速く、円筒の空白という痕。
 流血や爆発や崩れたり、結果は後でいい。駆け抜けたという事実に結末は従う。
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2011年09月17日

+秋のぬくもりを追いかけた日+

 朝焼けの中、新幹線が発車する。ホームのベンチでぼぉっと見やる。緩やかに動き始めた新幹線はあっという間に加速し、後姿も見えなくなる。ぽつん。朝日がまっすぐにホームを照らす。
 テーブルに置いたグラスに氷を入れ、サイダーを注ぐ。シュワっと白い泡の層が盛り上がり、すぐに消える。無糖なので、口に含むとすっと体に馴染む気がする。眩暈が少し治まる。
 空を飛行機が飛んでいる。
 空をカラスが飛んでいる。
 海の中だろうか。水は冷たくて塩辛い。太陽が燃え上がる。波で息継ぎができず、もがく。泡。魚が踊る。
 空っぽになったグラスに、今度はオレンジジュースを注ぐ。黄色いとろっとした100%。舐めるとすっぱくて、飲めずにそのままテーブルに置く。
 古いボストンバッグは畳んで収納してある。長らく使っていないのでカビ臭いかもしれない。思い切って捨ててしまおうか。
 誰かの声がする。
 誰かの笑い声が聞こえる。
 赤ちゃんの泣き声、と思ったらそれは猫だった。
 足首がヒリヒリする。見るとくらげに刺されたような痕。茨の足枷のように、両足首にぐるりと。
 窓の外に目をやる。流れてゆく景色。この鈍行で終点まで行く。人が乗り込んで降りてまた乗り込んで、けれど少しずつ減って。ボックスシートに読みかけの文庫本を置き去りにして降車する。
 また、ここに、来た。会いたくて。
 日は高く昇りきってしまっていた。眩しくて、人影を判別しようにも陽炎と影であなたかどうか判らない。判らないけれど、駆け出す。あなたと思しき黒に向かって。あっという間に加速し、誰からも見えなくなる。
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2011年09月10日

+ジュエリーボックス+

 パリ、パリ、と凍りついた赤い落ち葉を踏みしめながら森の奥へ向かう。木々の大半は葉を落とし、冷たい風が吹きぬける。隙間から見える空は鉛。
 もういいだろう、と人が踏み入った気配のない場所に穴を掘り始める。ザクッザクッ。落ち葉を分けた地面は思ったよりも固かった。それでもバスタブくらいの大きさの穴を掘ることができた。
 持ってきたキャスタートランクを開ける。中からチョコレートを取り出して穴に放り込む。本、放り込む。レコード、放り込む。飴玉、ざらり。写真、ぱさり。最後に僕自身が穴に入り込む。お風呂につかるように。
 ふぅ、とため息をつくと空から雲の欠片が降り始め降り積もり、宝物は誰にも見つからない。

++追記。++
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2011年09月03日

+空が泣くので+

 空が、寂しい寂しい、と泣くので私は天に手を掲げ抱き締めようとする。空の嗚咽で私の胸まで締め付けられるがそっと包み込む。柔らかい風がふっと駆け抜け私の髪が揺れる。やがて空は泣くのをやめて私を抱き締め返す。
 あんなに涙を浴びたのに、いざ抱き締め返されると私の体はどんどん乾いてゆき、干からび、ぐっと力を入れられた瞬間に砕ける。かさっと音を立てて私だったものが高いところまで巻き上げられてゆく。
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2011年08月27日

+ネイティブダンサー・インザダーク+

 光は騒音だ、彼は言う。新月の夜、真っ暗闇の中、彼が踊る様を見つめる。スニーカーの白いラインとかTシャツのプリントとか、あとは地面と空気のかすかな音で、彼が踊り狂っていることを確認できる。
 喋るのはあまり得意じゃない、彼は言う。だから私が彼とこうも親密になったのは何か縁でもあったのかもしれない。
 彼はタバコを吸わない。彼はお酒を飲まない。彼は本を読まない。進んで音楽を聴くこともない。私は時々、彼にワンフレーズの音の欠片を与える。決して巧くないハミングで。彼は、けれどそれをしっかりと咀嚼し、飲み込み、全身で味わう。指が揺れ始め、膝がリズムを刻みだす。
 彼の世界には彼の望んだものしかない。それは彼にとって幸せなことだろうし、私にとって寂しいことでもある。
 空が白みだす。
 汗だくになった彼は座り込み、私は彼にコカ・コーラのペットボトルを手渡す。プシュッと音がして栓が開けられ、三口ほどごくごくと飲む。帰ってきたボトルから、私も三口、ゆっくりと飲む。
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2011年08月20日

+どうして先に+

 どうして先に手に届かない場所へ行ってしまうのですか。遠いところへ。
 小さい頃、母親が手を引いてくれました。大きくなり、恩師が手を引いてくれました。今の私はただ一人、見えない目的地へ向かい、歩き続けています。
 走る気にはなれません。立ち止まるわけにもいきません。仕方なく、仕方なく、歩いています。
 道中の楽しみは足跡を見ることです。驚くべきことに、全ての命あるものがこの道を進んでいくのです。
 後進があれば気遣います。先進に追いつける気はしません。早足で追い抜いていく者もいます。
 どうして先に行ってしまうのですか。
 本当のところ、私はもう歩くことを放棄したいのです。目的地なんてただの言い伝えかもしれないと疑っています。
 足が痛いのです。
 息が苦しいのです。
 戻ってきてください。戻ってきてください。あと少しだけ歩く元気を、私に分けてください。
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2011年08月06日

+ペパーミント症候群+

『子供産めないし産まない』
 ネットに書き込んで、数分後に消した。その夜、旦那から「たまには飲みに行かない?」と携帯にメール。待ち合わせのバーに着くと、平日で人の少ない店内に、だいぶ出来上がった旦那を見つける。横のスツールに座る。旦那は透明な液体の入ったロックグラスを手にしている。斜め前にチェイサーグラス。どちらもうっすらと汗をかいている。確かに店内の冷房は弱い。
「何飲んでるの?」
「ん? ズブロッカ」
 旦那がロックグラスをコロコロ鳴らす。
「モヒート、作れるんだって。一緒に飲む?」
 頷くと旦那が二杯注文する。バーテンダーは冷蔵庫からフレッシュミントを取り出し、緑鮮やかな葉を二つのタンブラーグラスに入れていく。砂糖。ソーダ。木の棒でそれらは潰され、クラッシュドアイスが両方のグラスにザラリ。バカルディのホワイトラムがずいぶんとたっぷり注がれる。バースプーンでザリザリと混ぜられる。ストローが添えられ、目の前、それと旦那の前に置かれた。
「カンパイ」
 モヒートはバーによって味が大きく違うけれど、好きなカクテルの一つだ。フレッシュミントを用いるので出してくれない店も多い。ストローで口に含むと広がる夏のイメージ。冷たくて、すうっと甘い。おいしい。旦那も一口飲むとこっちを向いてにやっと笑う。
 いつまでもこんな関係でいたいのよ、きっと。おじいちゃんおばあちゃんになっても、そこまで辿り着くまでの長い時間も、笑顔でカクテルを飲み交わしたい。それはつまり、変化なんか欲しくないという、怯え、なのだろう。
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2011年07月30日

+飛べないバタフライ+

 屋外プールが開放されたので、屋内のほうに人は少ない。子供の騒ぎ声も外のもの。プールなんて何年ぶりだろう。高校では水泳部だったけれど、その後はめっきり泳がなくなった。
「チナツー、お手本お手本っ」
 泳ぎを教えてくれ、と言ったマスミは派手な色の水着だ。私は競泳用。なんだか気合を入れて泳ぎに来たようで恥ずかしいが、私はこれしか持っていない。ゆったりとクロールをしてみせる。マスミは真剣に見つめる。
 水泳部にいた頃はバタフライを専門としていた。水のリズムに体を添わせ、飛沫を上げて泳いでいた。体に染み渡ったリズムと感触は、いくつ夏が来ても忘れないだろう。
 マスミはバタ足を沈ませながらも何とか息継ぎをする。息継ぎのコツを教える。マスミはそれに従い、また、泳ぐ。羨ましいほどの熱心さだ。
 私はもうバタフライなんか泳がない。今更泳いだところで私の「あの頃」は戻ってこないから。キラキラした思い出のまま、良かったことだけ残しておきたい。「今」は、もう、二度と、来ないから。
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2011年07月23日

+胸いっぱいのヒマワリ+

 赤い自転車に乗ってゆるい坂を下る。曲がり角にある家の庭先にヒマワリ。黄色の輝かしい花。角を曲がったら全速力でペダルを踏む。スピードを上げて、息を切らせて。セミの声。空に雲はない。熱気。アスファルトの照り返し。スカートひるがえして、サンダルで踏み込むペダル。もう少しで着く。もう少し。あと少し。貴女が帰ってくる駅まであと少し。
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2011年07月16日

+光と影+

 ――カシュッ、コト。
 小さな音を立ててビー玉がラムネの中に沈む。泡。すぐに口に含む。プラスチック製の、けれど昔のままの形をしたラムネ瓶。飲み終わったら中のビー玉を取り出すことができることを好み、あたしは学生の頃、よく飲んでいた。
 昨日、高熱を出した。あたしは一人暮らしで、職場に休みの連絡を入れて解熱剤を飲み、窓を開けてベッドで眠った。夏の日差しが強かったが、エアコンは入れなかった。汗をかいたほうが気持ちがよさそうだと思ったから。ぐっすり眠って、汗びっしょりになって、目が覚めたのは夜中だった。何か違和感があると思ったが、寝ぼけているのだと思い、軽くシャワーを浴びてまたベッドに入った。
 確信したのは朝だった。いつもの朝のように支度をして、道路に出て、気付いた。誰もいない。生き物が視界にいない。人がいないので車も走っていない。毎朝がやがやと騒がしい高校生もいない。毎朝のろのろと犬を散歩させているおばさんもいない。毎朝やいやいと井戸端会議をしているママ集団もいない。スズメもいない。セミも鳴いていない。何事かと部屋に戻りテレビをつけたが砂嵐で、普段使わないラジオをつけてもノイズしか拾わない。
 誰もいない街は、とても、静かだった。
 安売りを見つけて一週間ばかり冷蔵庫で冷やされたラムネは、シュワシュワと心地よい。それは確かに、現実のように思える。窓の外を見ながら口と喉で確かめるように飲んで、ボトルは空になる。ボトルを立てるとカコッと音がしてビー玉が転がる。あたしは緑色のキャップを回して中のビー玉を取り出す。てのひらにコロリ。ビー玉も緑色。右手でつまむ。指に曲がった影。
 中心だった。縁だった。覗き込むとそれまでのあたしが閉じ込められていた。出ることができない。あたしの完璧な世界は、とても、乾いていた。
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2011年07月09日

+ワンルームの中の孤独+

 最後の砂が落ちきったので、また砂時計をひっくり返す。わたしは囚われのお姫様。
 煌びやかなドレスは剥ぎ取られ、紺色のワンピースを着せられている。コットン生地の着心地は悪くない。
 何回砂時計をひっくり返しただろう。あと何回ひっくり返せばいいんだろう。グラスに注がれた水は、もうすっかり温くなってしまった。グラスの汗はテーブルに小さな水溜りをつくる。
 違うの。囚われてるんじゃないの。守ってもらってるの。
 助けに来てくれる人なんかいない。何も見たくない。何も聞きたくない。何も知りたくない。わたしはお姫様なんかじゃない。部屋に閉じこもって、時が流れていくことだけ確認したい。
 また最後の砂が落ちきって、右手で砂時計をひっくり返し、わたしはただそれを見つめる。見つめ続ける。
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2011年07月02日

+星くずを散りばめよう+

 ざらり。☆ ☆  ☆  ☆   ☆   ☆    ☆    ☆
☆    ☆    ☆   ☆   ☆  ☆  ☆ ☆ ざらり。
 amanogawa。
 に、見立てたコンペイトウ。光ればいいのに。
 けれどコンペイトウは光らなくて、しょうがないから一つつまみあげてお口へひょい。甘い。
 甘いって幸せだ。頬が緩んじゃう。
 幸せいっぱいあればいい。星の数ほどあればいい。みんなみんなに届けばいい。
 散らかったテーブルは、今夜は、このまま。太陽沈んで、天気は、悪くない。
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2011年06月25日

+スイーツ・プリーズ+

 片思いをこじらせた私は、キャンディを溶かし固め磨いて等身大の貴方を作った。たくさん撮った写真や手に入れた健康診断のデータを元にオレンジ色の貴方を。私のベッドに横たえる。頬を撫ぜるとぺたぺたした。口をつけると甘い香り。唇の部分を舐めてみる。甘い。首筋、耳元。甘い。胸板。甘い。どこもかしこも甘い。きっとこの甘さが幸せ。キャンディに貴方の名前をつけ、毎晩舐めて眠りにつく。休みの日は一日中舐める。裸の貴方は私のキスを快く受け入れる。本物の貴方とは大違い。本物を追いかけるのはやめ、私はキャンディの貴方に夢中になった。とろけるような甘い時間。貴方は次第に歪になっていくけれど、私はかまわず舐め続ける。
 夏。帰宅すると、貴方に黒く蟻が群がっていた。私は怒った。私の貴方を私以外が味わうなんて! ゴキブリ用の強い殺虫剤を出るだけ吹きかけ、蟻を払い、私は歪な貴方に口付ける。変な味がしたけれど、深く舐めればちゃんと甘い。甘い貴方。と、吐き気が襲う。いやよ、吐くもんですか。貴方を全て舐めてしまうの。貴方を私の血肉にするの。強い吐き気で目が眩む。いやよ、舐めるの。甘い幸せを、舐め続ける。舐め続ける。舐め続ける。
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