目の前に置かれたボヘミアングラス。優美な曲線の底にまるく一口二口分、血の色をした液体が入っている。
好んで飲むのは辛口の白。ワイングラスなど使わず、ゴブレットで飲む。硬くスッキリしたものが良い。若くても構わないし安いならもっと良い。一人で一本空けてしまうことも、多くはないけれど、ある。
赤は滅多に飲まないが、嫌いなのではない。初めて自分で買って飲んだものは赤だ。母が飲んでいたのとよく似た華奢なボトルだった。けれどそれはまったく美味しくなかった。その後も何度か深緑のボトルを試してみたが、どれもこれも、まだ30代だった母が「少しだけよ」と舐めさせてくれたものとはかけ離れた味で、軽かったり甘すぎたりした。
私は諦めた。母が飲んでいたのは高級なヴィンテージワインだったのだ。違おうがそう思うことにする。母自身だって自分で買ってはいなかったのだから。私には手が届かないもの。もう、出会うこともないだろう。
今、私はグラスから視線を逸らすことができない。泡立てながら注がれたためか、微かに芳しい香り。期待、裏切られる恐怖、興味、絶望への不安。唯一の救い、お代は隣の紳士が払ってくれるという。
小刻みに震える右手が、ゆっくり引き寄せられていく。抗うことができない。ああ、もう、透き通った脚に、中指が触れてしまう。
++追記。++