サンマがあるから、秋は嫌いになれない。
そんなフレーズをふと思いつき、頭の中で反芻して、自分で笑ってしまう。
「どうした?」
「なんでも」
今夜の晩御飯は、栗ごはんとサンマの塩焼き、澄まし汁の予定。いつも来るこのスーパーでは今日が鮮魚の安売りの日で、栗ごはんは炊飯器でお米と一緒に炊けばいいやつを母親が送ってくれたので、つまり私はサンマを買いにきた。
すいっと視界の隅を銀色が駆け抜ける。そちらに目を遣ると、今度は反対側で銀色が駆け抜ける。照明に当たってキラリと光る。私はまっすぐに鮮魚コーナーへと向かう。
刺身用のサンマ(ちょっとお高い)と焼き魚用の塩サンマ(お手ごろ!)が、売り場に並んでいる。サンマの刺身も確かに好きだけれど、今日のあたまとおなかはサンマの塩焼きという単語で埋め尽くされているので迷うことなく一尾99円の塩サンマをカゴに入れる。大根はまだ家に少しあるので、あと他に買う物は特に思いつかない。
「さんまかあ」
「だねえ」
「さんますき?」
「ぐもん」
レジを通り、一人スーパーを後にする。夕焼け空を見上げると細い雲が群れていて、私たちは秋刀魚雲ですとでも言わんばかりだ。さっきの銀色たちがざわめきだす。私の視界にくっきりとは入ってこない。けれど、いる。そこに、いる。空中を行き来するサンマの集団。彼らを召喚したのは私の頭の中のサンマという単語に他ならない。
「おなかすいたぁ」
私は小さく呟き、レジ袋を持ってハミングしてしまう。サンマたちはメロディに合わせてざわりざわりと踊り、私はますます楽しくなる。
サンマがあるから、秋は好きだ。
posted by 三里アキラ at 08:07|
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