2011年07月30日

+飛べないバタフライ+

 屋外プールが開放されたので、屋内のほうに人は少ない。子供の騒ぎ声も外のもの。プールなんて何年ぶりだろう。高校では水泳部だったけれど、その後はめっきり泳がなくなった。
「チナツー、お手本お手本っ」
 泳ぎを教えてくれ、と言ったマスミは派手な色の水着だ。私は競泳用。なんだか気合を入れて泳ぎに来たようで恥ずかしいが、私はこれしか持っていない。ゆったりとクロールをしてみせる。マスミは真剣に見つめる。
 水泳部にいた頃はバタフライを専門としていた。水のリズムに体を添わせ、飛沫を上げて泳いでいた。体に染み渡ったリズムと感触は、いくつ夏が来ても忘れないだろう。
 マスミはバタ足を沈ませながらも何とか息継ぎをする。息継ぎのコツを教える。マスミはそれに従い、また、泳ぐ。羨ましいほどの熱心さだ。
 私はもうバタフライなんか泳がない。今更泳いだところで私の「あの頃」は戻ってこないから。キラキラした思い出のまま、良かったことだけ残しておきたい。「今」は、もう、二度と、来ないから。
posted by 三里アキラ at 18:27| Comment(0) | TrackBack(0) | Sudden Fiction | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年07月23日

+胸いっぱいのヒマワリ+

 赤い自転車に乗ってゆるい坂を下る。曲がり角にある家の庭先にヒマワリ。黄色の輝かしい花。角を曲がったら全速力でペダルを踏む。スピードを上げて、息を切らせて。セミの声。空に雲はない。熱気。アスファルトの照り返し。スカートひるがえして、サンダルで踏み込むペダル。もう少しで着く。もう少し。あと少し。貴女が帰ってくる駅まであと少し。
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2011年07月16日

+光と影+

 ――カシュッ、コト。
 小さな音を立ててビー玉がラムネの中に沈む。泡。すぐに口に含む。プラスチック製の、けれど昔のままの形をしたラムネ瓶。飲み終わったら中のビー玉を取り出すことができることを好み、あたしは学生の頃、よく飲んでいた。
 昨日、高熱を出した。あたしは一人暮らしで、職場に休みの連絡を入れて解熱剤を飲み、窓を開けてベッドで眠った。夏の日差しが強かったが、エアコンは入れなかった。汗をかいたほうが気持ちがよさそうだと思ったから。ぐっすり眠って、汗びっしょりになって、目が覚めたのは夜中だった。何か違和感があると思ったが、寝ぼけているのだと思い、軽くシャワーを浴びてまたベッドに入った。
 確信したのは朝だった。いつもの朝のように支度をして、道路に出て、気付いた。誰もいない。生き物が視界にいない。人がいないので車も走っていない。毎朝がやがやと騒がしい高校生もいない。毎朝のろのろと犬を散歩させているおばさんもいない。毎朝やいやいと井戸端会議をしているママ集団もいない。スズメもいない。セミも鳴いていない。何事かと部屋に戻りテレビをつけたが砂嵐で、普段使わないラジオをつけてもノイズしか拾わない。
 誰もいない街は、とても、静かだった。
 安売りを見つけて一週間ばかり冷蔵庫で冷やされたラムネは、シュワシュワと心地よい。それは確かに、現実のように思える。窓の外を見ながら口と喉で確かめるように飲んで、ボトルは空になる。ボトルを立てるとカコッと音がしてビー玉が転がる。あたしは緑色のキャップを回して中のビー玉を取り出す。てのひらにコロリ。ビー玉も緑色。右手でつまむ。指に曲がった影。
 中心だった。縁だった。覗き込むとそれまでのあたしが閉じ込められていた。出ることができない。あたしの完璧な世界は、とても、乾いていた。
posted by 三里アキラ at 00:02| Comment(0) | TrackBack(0) | Sudden Fiction | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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